なんかいろいろ。
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SS書きは感想に餓えている。
言い換えれば、つまりSSはイラストや漫画に比べると感想が来づらいジャンルということであり、それにはいくつかの理由がある。
一つは、単にSSのジャンルとしての人気がイラストや漫画に比べて低いということで、お客さんの絶対数の問題。そしてもう一つは、主に書き手に、なにやらSSの感想というのは、きちんとした文章で、それなりの長さのものを書かなければならないというような雰囲気(思い込みとも言う)があるためだ。別に「面白かった。笑えた。」とか「ゆかりんがとても可愛かった。」とか、そんなんでもいいはずなのだけれど、それではなんとなく不十分かつ失礼であるような気がして、躊躇してしまうのである。少なくとも僕はそう思っている。
きっとこれは読書感想文の呪いなのだ。あの、自由に感想を書けと言いつつ、大人が好むような「良い子の感想」をきちんとした文章でつづらされる悪魔の所業。日本の子供が読書嫌いになる原因のいくらかは、絶対にこの読書感想文にあるに違いないのだ。
よく考えれば、あの「推薦図書」とか「課題図書」とかいうのも怪しい。選ばれれば万単位で売れるのは約束されているので、きっと裏ではどす黒い大人の駆け引きが行われているのだろう。かくして、その本自体の良さとは無関係に、押し付けがましい「良い子の本」と「良い子の感想」の呪縛と怨念は若者の読書離れを加速させ、出版社を死のスパイラルに陥らせ、SS書きを「ひょっとして俺の書く話はつまらないのだろうか、人気が無いのだろうか」と不安がらせるのだ。
だから、もう……滅びろよ! 読書感想文……! あと「将来の夢」……!
つうわけでSS本の読書感想文書いてみました。
ネタバレというほどのネタバレはしていないつもりですが、気になる方はスルー推奨。
あと一気にたくさんやるのは大変なので、上下に分けますのでよろしく。
ちなみに余談ながら、書いたSSの感想文が来るか来ないかっていうのは、こういうファンコミュニティの場においては、書いた文章もさることながら、書いた人のパーソナリティーも結構重要だと思いますね。
では行きますよー。
『にと×ひな』Rhythm Five
道出抄で上巻をたまたま購入し、例大祭で下巻が出ると聞いてマッハで買いに行った本。
タイトルで分かると思うがにとり×雛の百合本で、一言で内容を言うと、超甘ずっぱい。
ド直球ですよ!
甘々ですよ!
愛とか恋とか!
いいよね!
というわけで、終始極めて王道的な話の展開を見せます。というと何だかアイデアに乏しいように見えてしまいますが、そんなことは無く、王道の話というのはよほど文章が上手くないと、そしてスパイスとなる脇の話やキャラクターたちが魅力的でないと、単なるありきたりなつまらん話になるわけで、そこを最後までぐいぐいと引っ張ってくれたその力には唸らされます。
それはなぜかと考えるに、雛というキャラクターは「厄神」という強い個性が与えられているため、いわゆる恋愛譚の登場人物としては非常に使いやすいというか、「俺の愛の力でお前の心を縛る鎖を断ち切ってやるぜぇぇぇ!」という方向へもって行きやすいと思います。簡単に言うと、ヒロイン力の高い人。
なんで、別に、にとり→雛という図式で、にとりが雛を救い出すという話にしても良かったし、実際それでもそこそこの話にはできると思うのですが、この本の優れているところは、にとり←→雛になっているところだと思うのです。
つまり、双方向的にお互いがお互いの救いになっている。そこがいい。ナイス。その点が、ストーリーとしての魅力を大いに増していると思います!(強調)
え、救いって具体的に何かって? 馬鹿野郎俺に聞いてる暇があったら読め! サイトで公開されてるから!
百合好きの人は読んで損はないかと。あと秋姉妹がすげえ目立ってるから、秋姉妹ファンも。
『夢違非科学創世紀』ふじつぼ
名義はふじつぼだけれど、藤村さんしか書いてないので、実質藤村さんの本。
タイトルから想像出来るように秘封倶楽部の本で、CD『夢違科学世紀』のブックレットのストーリーを小説に再構成したもの、となっている。
今更彼の実力について語ることも無いような気がするのだけれども、あえて言うとするならば、明瞭で読みやすく、情景が目に浮かぶような必要十分の、全編に渡って漂うユーモアあふれる文体は、正直羨ましいと思っているのは僕だけではないはずだ。
そういう藤村さんが書いた、しかも秘封倶楽部の、それでもって挿絵がKOTOさんである本について、今更僕ごときが言えることなどないだろうとも思うけど、それでは感想にならないので思ったことを挙げていくと、断片的な独白の連続で構成されているCD『夢違』を一貫した視点から眺める『小説』にした、という点で言うならば、これはもう文句を付けるところは何も無いです。全然無い。お疲れ様でした。前半をコメディチックにして、後半をシリアスにするという対比も、綺麗に決まっていて良かったです。あとメリーのあれは絶対に藤村さんの趣味ですよね。僕もそういうの大好きですよ。ありがとうございます。
で、本自体は非常にすばらしいものだったので、あえて苦言を呈させてもらいますと、この本、CD『夢違』の再構成ものとしては文句ない出来なのだけれど、小説本単体としてみるならば、起承転結で言うところの「転」のところで終わっている! CDをノベライズしたものとしてはそれで正しいのだけど、そこから先を! そこから先をオリジナルで書いてくれてもいいのではないかと! 僕は思うのです。
本自体がどうでも良ければそんなことは思わないのだけれど、なまじっかとても良い本であるために、そんなことを思いました。そんな感じです。
『咲夜考』にわかあめ
十六夜咲夜とはなんなのか?
何か壮大な設定があることをにおわせつつも、結局明確になることはなかった咲夜さん。
色々な人が色々と書いてきた咲夜の過去話に挑むのは、『阿求考』で「やりきりやがった感」を全力で与えてくれた俄雨さんです。
なんといいますか、僕は大体いつも直感と思いつきで話を考えて、そのまま勢いで最後まで書くというパターンでして、まあそれはそれで面白いものを生み出せることもあるのですが、『阿求考』そしてこの 『咲夜考』のような、精緻に隅々まで考え抜かれた作品を前にすると、なんといいますか非常に圧倒されてしまいます。
隠された設定を解き明かす文章というのは、実際パズルゲームや推理小説を読んでいるような感覚であり、咲夜の正体がアレなんじゃないかとは以前から言われていたけれど、でも小説儚月抄に出てきたから違うのかなあと思っていたら、あ、そういう解釈もありなのか! とか思ったり、え、輝夜がまさかそんな……しかし言われてみるとそうとしか思えない……とか、なるほどだから永琳は……とか、半端ない説得力で迫ってくるわけですよ。考察の深さもさることながら、一歩間違えればとんでもねえ地雷になりうるこの手のテーマを選んで、きっちりと読ませてくれる実力に脱帽。
それはおそらく、この本が『咲夜考』というタイトルでありながらも、決して咲夜一人の話ではなくて、メインとなる登場人物の全てが「純粋」という共通した性質を秘めており、そのために誰もが非常に生き生きと描かれているためであろうと思います。
ともかく、彼はまたやりきりやがってくれました。感謝。
というわけで後半に続く。後半は穂積名堂と本詰妖精とぬゅるい幻想郷を……これSS本か? まあいいや。予定。
言い換えれば、つまりSSはイラストや漫画に比べると感想が来づらいジャンルということであり、それにはいくつかの理由がある。
一つは、単にSSのジャンルとしての人気がイラストや漫画に比べて低いということで、お客さんの絶対数の問題。そしてもう一つは、主に書き手に、なにやらSSの感想というのは、きちんとした文章で、それなりの長さのものを書かなければならないというような雰囲気(思い込みとも言う)があるためだ。別に「面白かった。笑えた。」とか「ゆかりんがとても可愛かった。」とか、そんなんでもいいはずなのだけれど、それではなんとなく不十分かつ失礼であるような気がして、躊躇してしまうのである。少なくとも僕はそう思っている。
きっとこれは読書感想文の呪いなのだ。あの、自由に感想を書けと言いつつ、大人が好むような「良い子の感想」をきちんとした文章でつづらされる悪魔の所業。日本の子供が読書嫌いになる原因のいくらかは、絶対にこの読書感想文にあるに違いないのだ。
よく考えれば、あの「推薦図書」とか「課題図書」とかいうのも怪しい。選ばれれば万単位で売れるのは約束されているので、きっと裏ではどす黒い大人の駆け引きが行われているのだろう。かくして、その本自体の良さとは無関係に、押し付けがましい「良い子の本」と「良い子の感想」の呪縛と怨念は若者の読書離れを加速させ、出版社を死のスパイラルに陥らせ、SS書きを「ひょっとして俺の書く話はつまらないのだろうか、人気が無いのだろうか」と不安がらせるのだ。
だから、もう……滅びろよ! 読書感想文……! あと「将来の夢」……!
つうわけでSS本の読書感想文書いてみました。
ネタバレというほどのネタバレはしていないつもりですが、気になる方はスルー推奨。
あと一気にたくさんやるのは大変なので、上下に分けますのでよろしく。
ちなみに余談ながら、書いたSSの感想文が来るか来ないかっていうのは、こういうファンコミュニティの場においては、書いた文章もさることながら、書いた人のパーソナリティーも結構重要だと思いますね。
では行きますよー。
『にと×ひな』Rhythm Five
道出抄で上巻をたまたま購入し、例大祭で下巻が出ると聞いてマッハで買いに行った本。
タイトルで分かると思うがにとり×雛の百合本で、一言で内容を言うと、超甘ずっぱい。
ド直球ですよ!
甘々ですよ!
愛とか恋とか!
いいよね!
というわけで、終始極めて王道的な話の展開を見せます。というと何だかアイデアに乏しいように見えてしまいますが、そんなことは無く、王道の話というのはよほど文章が上手くないと、そしてスパイスとなる脇の話やキャラクターたちが魅力的でないと、単なるありきたりなつまらん話になるわけで、そこを最後までぐいぐいと引っ張ってくれたその力には唸らされます。
それはなぜかと考えるに、雛というキャラクターは「厄神」という強い個性が与えられているため、いわゆる恋愛譚の登場人物としては非常に使いやすいというか、「俺の愛の力でお前の心を縛る鎖を断ち切ってやるぜぇぇぇ!」という方向へもって行きやすいと思います。簡単に言うと、ヒロイン力の高い人。
なんで、別に、にとり→雛という図式で、にとりが雛を救い出すという話にしても良かったし、実際それでもそこそこの話にはできると思うのですが、この本の優れているところは、にとり←→雛になっているところだと思うのです。
つまり、双方向的にお互いがお互いの救いになっている。そこがいい。ナイス。その点が、ストーリーとしての魅力を大いに増していると思います!(強調)
え、救いって具体的に何かって? 馬鹿野郎俺に聞いてる暇があったら読め! サイトで公開されてるから!
百合好きの人は読んで損はないかと。あと秋姉妹がすげえ目立ってるから、秋姉妹ファンも。
『夢違非科学創世紀』ふじつぼ
名義はふじつぼだけれど、藤村さんしか書いてないので、実質藤村さんの本。
タイトルから想像出来るように秘封倶楽部の本で、CD『夢違科学世紀』のブックレットのストーリーを小説に再構成したもの、となっている。
今更彼の実力について語ることも無いような気がするのだけれども、あえて言うとするならば、明瞭で読みやすく、情景が目に浮かぶような必要十分の、全編に渡って漂うユーモアあふれる文体は、正直羨ましいと思っているのは僕だけではないはずだ。
そういう藤村さんが書いた、しかも秘封倶楽部の、それでもって挿絵がKOTOさんである本について、今更僕ごときが言えることなどないだろうとも思うけど、それでは感想にならないので思ったことを挙げていくと、断片的な独白の連続で構成されているCD『夢違』を一貫した視点から眺める『小説』にした、という点で言うならば、これはもう文句を付けるところは何も無いです。全然無い。お疲れ様でした。前半をコメディチックにして、後半をシリアスにするという対比も、綺麗に決まっていて良かったです。あとメリーのあれは絶対に藤村さんの趣味ですよね。僕もそういうの大好きですよ。ありがとうございます。
で、本自体は非常にすばらしいものだったので、あえて苦言を呈させてもらいますと、この本、CD『夢違』の再構成ものとしては文句ない出来なのだけれど、小説本単体としてみるならば、起承転結で言うところの「転」のところで終わっている! CDをノベライズしたものとしてはそれで正しいのだけど、そこから先を! そこから先をオリジナルで書いてくれてもいいのではないかと! 僕は思うのです。
本自体がどうでも良ければそんなことは思わないのだけれど、なまじっかとても良い本であるために、そんなことを思いました。そんな感じです。
『咲夜考』にわかあめ
十六夜咲夜とはなんなのか?
何か壮大な設定があることをにおわせつつも、結局明確になることはなかった咲夜さん。
色々な人が色々と書いてきた咲夜の過去話に挑むのは、『阿求考』で「やりきりやがった感」を全力で与えてくれた俄雨さんです。
なんといいますか、僕は大体いつも直感と思いつきで話を考えて、そのまま勢いで最後まで書くというパターンでして、まあそれはそれで面白いものを生み出せることもあるのですが、『阿求考』そしてこの 『咲夜考』のような、精緻に隅々まで考え抜かれた作品を前にすると、なんといいますか非常に圧倒されてしまいます。
隠された設定を解き明かす文章というのは、実際パズルゲームや推理小説を読んでいるような感覚であり、咲夜の正体がアレなんじゃないかとは以前から言われていたけれど、でも小説儚月抄に出てきたから違うのかなあと思っていたら、あ、そういう解釈もありなのか! とか思ったり、え、輝夜がまさかそんな……しかし言われてみるとそうとしか思えない……とか、なるほどだから永琳は……とか、半端ない説得力で迫ってくるわけですよ。考察の深さもさることながら、一歩間違えればとんでもねえ地雷になりうるこの手のテーマを選んで、きっちりと読ませてくれる実力に脱帽。
それはおそらく、この本が『咲夜考』というタイトルでありながらも、決して咲夜一人の話ではなくて、メインとなる登場人物の全てが「純粋」という共通した性質を秘めており、そのために誰もが非常に生き生きと描かれているためであろうと思います。
ともかく、彼はまたやりきりやがってくれました。感謝。
というわけで後半に続く。後半は穂積名堂と本詰妖精とぬゅるい幻想郷を……これSS本か? まあいいや。予定。
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無題
感想有難うございます。なのでここではっちゃけようと思います。
ご推察通り、純粋純情に帰依するだけの話なのです。ただ少しだけ規模と時間が広域に渡っていて、全て救済足り得るか否か、みたいなもので。
咲夜は咲夜でしかなく、レミリアはレミリアでしかなく、永琳は永琳でしかなく、輝夜は輝夜でしかなく、妹紅は妹紅でしかない。永遠の旅人達が最後に辿り着いたのは、須くを許容する幻想の都であった……と。「なんなのか」ってずるい煽り文ですよねー。でも嘘はついてないウサ。
地雷原を歩くというよりはむしろ、対戦車地雷現を重量200kgの錘をつけられて、三本程度束ねた釣り糸を伝って宙づりになりながら三キロ先を目指した感たっぷりでした。
読んで下さって有難うございます。
ご推察通り、純粋純情に帰依するだけの話なのです。ただ少しだけ規模と時間が広域に渡っていて、全て救済足り得るか否か、みたいなもので。
咲夜は咲夜でしかなく、レミリアはレミリアでしかなく、永琳は永琳でしかなく、輝夜は輝夜でしかなく、妹紅は妹紅でしかない。永遠の旅人達が最後に辿り着いたのは、須くを許容する幻想の都であった……と。「なんなのか」ってずるい煽り文ですよねー。でも嘘はついてないウサ。
地雷原を歩くというよりはむしろ、対戦車地雷現を重量200kgの錘をつけられて、三本程度束ねた釣り糸を伝って宙づりになりながら三キロ先を目指した感たっぷりでした。
読んで下さって有難うございます。
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