なんかいろいろ。
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だから絵とかできれば描きたくねえんですよ。
普通誰てめ絵とか、ちょっと冗談で言うじゃないですか。
冗談抜きで分かりませんよ。
なんか電波とか受信して、何も言わないうちから僕のために絵を描いてくれる人とかいないですかね。
いたらすげえよ。
……いや、小さく切り抜いてるから分かりづらいのかもしれません。
上半身が全部入ってる絵なら、あるいは……
やっぱ誰てめ絵でした。
昨日NHKで尾崎豊の特集をやっていましたが、見ていて思ったのは、仮に尾崎が二十年遅く生まれてきてたとしても、現代では絶対に流行らないだろうなということです。
「歌は世につれ世は歌につれ」などという言葉がありますが、バブル直前の当時、(当時から結構叩かれていたとはいえ)あれらの歌に共感する人が多かったのは事実でしょう。
それはつまり、そういう内容の歌詞に一定の容認というか、「そういうのってあるよね」と思われる空気が、当時の社会を覆っていたということでもあります。
しかし、僕などからすると、尾崎の歌は「ただのやる事ない人」であるとか、「何か知らないけどあちこち破壊して回る迷惑な人」であるようにしか見えません。
つうか、先入観を持って見ると、ただのライブ映像も「このとき、既に一発キメてたのかなあ」とか思わざるを得ません。
いくらなんでもアグレッシブすぎんだろあの動きは。あと汗とか。
そういう価値観の変質がなぜ起こったのか、また、どういう変質が起こったのかについては、色々と深い議論ができると思います。めんどくさいからしませんけど。
ただ、一つ言えるのは、当時の若者より、現代の若者のほうが確実に要領がよくなっているということです。
人との軋轢を避けるとか妙に従順だとか、なんか勝手なことを言われまくっている最近の若者ですが、それは、いわゆる「大人の対応」が、割と幼いうちからできるということではないでしょうか。
それがいいことなのかどうかは分かりません。しかし、現代社会がそういう空気である以上、尾崎が多くの若者に支持を得ることはないと断言できるでしょう。
ところで、あと何十年か経って「ゼロ年代を振り返る」みたいな特集が組まれるとき、代表的な流行歌として紹介されるのは多分モーニング娘だったりするんでしょうね。
勘弁してください。
つか、上の論法で言うと、現代はモーニング娘に共感する社会となってしまうわけですが、マジ勘弁してください。
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